明治新政府が出した、神仏分離令・修験道禁止令により、ここ岩屋の仏像群などが破壊され谷底に投げ捨てられたりしました。 その後、五百羅漢・五輪塔・宝篋印塔(ほうきょういんとう)などが村民によって川からわずかに拾い出され安置されましたが、拾い出された153体の石像のほとんどには首はありませんでした。 東峰村役場企画振興課『岩屋公園見聞録』より